読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

仕事ができない社畜が仕事ができるようになるための方法を模索する日常

仕事ができないぼくだから、仕事ができるようになるためにいろいろ考えているので、それをつらつらと。目指せ脱社畜。

自分で不満は片付けよう。片付けられないなら割り切ろう。≪イエス・キリストの名言≫

暗いと不平を言うよりも、

進んで明かりを点けましょう。

≪イエス・キリストの名言≫

 

 

 

クリスマスなので、キリストの名言を取り上げてみます。

暗いと不平を言うのであれば、自分で明かりを点けてしまった方がいいです。

 

不満が心にたまらないですし、何より早い!

誰かが点けてくれるのを待っていればその分時間は消費されるし、悪感情に支配されてしまうもんです。

 

こんなんで、ストレスを抱えていたらもったいないですよね?

 

似たような事象なんかたくさんあります。

親が掃除をしないとか上司が仕事を教えてくれないとか。

 

なんにせよ、不平不満があるということは、そこに問題点があるということ。

だったら、

 

 

改善しようと動かなければ悪感情はたまる一方ですよ。

 

 

 

親が掃除しないなら自分がすればいいだろうし、上司が教えてくれないなら教えてくれるように頼めばいい。

問題があるのであれば、動かなければならんですよね。

 

 

 

悪感情に振り回されたら負け。

 

不平、不満、イライラなどなど悪感情に振りまわされてしまったら、どうあがいてもいい印象は与えません。

 

雰囲気や表情で他人は感じ取りますし、振り回されている間、人は避けて通ります。

だからこそ、

 

 

悪感情はため込まないことが大切です。

 

 

悪感情は人なんだからどうしても出てくるもんだと思います。

ぼくも出てきます。

 

でも出てきた瞬間に解消するようにすれば、たまったり、振り回されることが少なくなっていきます。

 

 

ですので、不平、不満、イライラが出てきたのならば、その感情に振り回されることなく、自らが解消できるように動いていきましょう。

例えば、イライラしていたとしても、感情に身を任せ怒るのではなく、どういったら相手にきちんと伝わるのかを考えて伝えます。

 

 

言わないで伝わらないものは、当然言わないと伝わりません。

そんなごく当たり前のことなので、そこに悪感情を差し込んじゃダメです。

 

 

教育は待つのも大切。でも不満は…

 

悪感情はすぐ解消するのが吉ですね。

だから自分が行動して解決できるものは解決してしまった方がいいんですよ。

 

でも、

 

 

教育は別です。

 

 

教育は成長するのを待たなければいけない場合がある。

手を出しすぎると、逆に成長を阻害する可能性がある。

 

いくら自分が言った通りにできないからといったって、そこで手を出したり、怒りに身を任せてしまったら、折角の教育が台無しになってしまう。

 

 

ですので、教育に関しては、いくら相手の歩みが遅くても我慢をする。

もしくは、手を出すにしても相手が自力で歩みを速くできるようにする。

例えば、ホメるということも一つの手でしょうし、目的を教えることもそうでしょう。

 

 

自分から手を出せない、行動ができないので、意外とやきもきして悪感情が溜まりやすいのが教育なんですよね。

 

だからこそ、それを意識して、悪感情に振り回されないように教育をすれば、きっと相手の成長スピードは速くなり、自分が思った以上の成長もしてくれるようになりますよ!

悪感情を表に出す人の言うことを聞きたいと思わないでしょうから、それがなければのびのび成長できるはずですね。

 

部下の教育然り、子供の教育然り。育てる側は気を付けたいものですね。